今の自分があるのは「パソコン」のお陰です。
人文系研究者の将来が無いことに絶望していた時に、運良くパソコン解説書編集の職を得られたので今があります。
それ以来、デスクトップは言うまでもなく、ノートパソコンをずっとカバンに入れて持ち歩いて、常時パソコンが使える状態にしていました。よく考えたら20年ぐらい。
元来デジタル人間では無いので、カバンには単行本が数冊とノートも数冊入っていました。考え事は紙に書く方が性に合っているのと、文房具も書き味をいろいろ試さないと気が済まない性格だったためです。ペンとノートにもかなり散財しました。
ノートパソコンがどんどん軽量化され、デジタルツールを駆使して電子書籍を作りながら、その一方で本やノートの紙が増えたので、ずっとカバンは大きく重いままでした。
そしてその重いカバンを抱えRAIZAPに行った帰り道、喫茶店で作業に追われノートパソコンを開いた時に、なんてことだ。すっかりメタボじゃないか、と気づきました。
そんな時に発売されたiPadProです。これまでもiPadは購入していましたが最終的には子供の高級アニメ鑑賞機器になり下がっていたので、今回は指一本触れさせまいと、奮発して最初からキーボードとペンとフルセットにして、初めてセルラーモデルにしました。
そうやって持ち歩き始めましたが、当初は「ここにノートパソコンがあれば…」の心境でモヤモヤ。しかし、ここで追われ作業をしているからいつまでも経営者になり切れないんだと気持ちを入れ直し、作業は誰かに依頼するか、事務所に戻ってまとめてやるに切り替え、ノートパソコン断ちの決意をしました。
しかしながら「ここにノートがあれば…」と紙との決別に苦心していて、カバンにはノートが数冊入ったまま。これはカバンがノートパソコン収納仕様で余裕があるのが原因だと、ブリーフケースサイズにすることにしました。
ということで、やはり人間追い込まないと本気にならないですね。
これまでiPadのペンをほとんど使ってなかったのですが、標準のメモアプリも使い込むと紙のノートと遜色ない使用感な上に、iPhoneとの連動を考えると相当に使い勝手がいいことに気づきました。今更ですが。
ということでノートパソコンと紙のノートとも決別して持ち歩くのはiPadのみにしました。そう考えると平成は、自分にとってはパソコンで始まり、パソコンに終わる時代になるのかな。
個人的にささやかな変革ですが、ものすごく本質的な働き方改革に繋がっていく気がしています。